二世週茶道デモンストレーション

8月恒例ロサンゼルス リトルトーキョーでのNisei Week Festival(二世週祭)では、表千家さんと裏千家淡交会L A協会が一年おきに茶道デモンストレーションを行っています。 今年は裏千家の担当年。土日それぞれ7席、 デモンストレーションを行いました。8月第二週末のお話しです。

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今年で79回目の二世週祭、 オープニングはジャニーズジュニアの美少年というグループが来て いたそうで、 一席目のデモンストレーションはその歌声を聞きながら…。 あれもこれも日系文化なのです。

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その一席目は同じ社中の方々がデモンストレーションをされて、 午前中うちの子達も、呈茶で初お運びをさせていただきました。

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お菓子の準備をお手伝いしたり…最後はお菓子とお茶もいただいて 満足。初めてお茶の世界に足を踏み入れてくれて、 私も嬉しかったです。

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この土日は息子の小学校のファームの面倒を見れるのが私しかいな いということで、早朝に餌やりもしていました。

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5時半にファームに行くと真っ暗、 頭につけるタイプの懐中電灯やらありったけの懐中電灯を取りに帰 りました。

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豚、羊、兎、鶏、ギニアピッグ、2種類の亀などに餌をやって、 水を替えて、としているとあっという間に6時を回ります。空が白んでなかなか美しい。

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学校の改築工事で働くお兄さんたちが、 この時間から活動されていることを知りました。今年はLAにして は湿度が高くて昼間の体感温度がかなり上がっています。

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 二世週祭でのデモンストレーション、 半年前から少しずつ準備していました。二日間で300人を超える方に立ち寄っていただきました。いろいろありながらも、お茶を愛する方々の和の心で無事に終わって本当に良かったです。こちらは日曜日のパレードの様子。ねぶたのフロートです。

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二宮金次郎さんも見守っていました。

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広島への旅3

宮島での宿に荷物を置いて、早速厳島神社にお参りに出かけました。 

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満潮に近い時間。 

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そうそう、お清めも忘れずに。

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水の上に浮かんでいるかのようです。

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ここでのお能はさぞ素敵でしょうね。雨が降り続けています。

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すーのスニーカーに雨がしっかりしみてかなり不機嫌。母と二人で先に帰ってもらいました。

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小腹の減ったけーと私は参道で唐揚げをいただきつつ、追いかけます。早めの夕方にちょうどいい軽食が見つからない…スタバはあるけどコンビニはない… 

帰ったら、名古屋場所に夢中ですーの機嫌が直っていました。

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夕食なしのプランでしたので、悩んだ末に広島焼きを持ち帰りにすることに。親切な宿の方が、懐かしい郵便ポストのある町家通りのお店に予約の電話をしてくださいました。

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というのも、これから宮島拝観遊覧船の予約をしているのです。 

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雨のため、貸切状態での出航。 親切なガイドさんが丁寧に教えてくださいました。

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宮島は観音様の寝姿に似た弥山(みせん)があり、古くから神の島と言われていたとのこと。

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宮島にはないものが三つあります。何でしょうか。

答えは、1、信号  2、お墓  3、コンビニだそうで、「そうそう」と手を打ったことでした。

大鳥居の前に到着しました。こちらが表参道だそうです。素晴らしい。

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ゆっくり拝見してから、大鳥居の色々な姿を見せていただきました。こちらは六本足。 

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五本足 

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四本足 

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三本足 

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日もとっぷり暮れて提灯の灯りが美しい。拝観しつつ、為になるお話もたっぷり聞かせていただけてお薦めの遊覧船です。 

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船好きのけーも満足。

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旅先では、浴衣に着替えてお風呂に行くのも子供たちの楽しみです。

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翌朝は干潮の時間を狙って再び厳島神社へ。 

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残念ながら大鳥居の近くには水が残っていました。本殿の近くを散策します。

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働く車もやってきました。

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飛び石がしっかり配置されています。

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昨日は水の底だったところに立って、神社を見上げています。

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不思議な感覚です。

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その後、母が子供の時から行きたかったという錦帯橋へ。

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こちらも世界遺産にしようという動きがあるそうです。

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橋の構造も  年に造られた当初と同じだそうで、当時の人々の知恵と技術に驚かされました。

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 日本を再発見したあっという間の3日間でした。

 おまけ: 宮島口のうえのさんのあなご弁当は本当に美味でした。

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包み紙もキッチュ

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広島出身の方に強く勧められたのでした。

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広島への旅2

終戦記念日(LA時間)だというのにまだ7月上旬の旅の話で恐縮です。

元安橋の対岸、カフェ・ポンテで海鮮がたっぷりのお昼ご飯をいただきました。

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これは母のピザ。

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私はリゾット、見た目よりたっぷりの量で美味しかったです。この写真は何故かすーのカルボナーラです。海外からの観光客に対応したつくりで、子供たちにも好評。

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宮島に向かう前に、船のチケット購入グループと荷物を取りに行くグループに分かれ、けーと荷物を取りに行きました。その時に通りがかった爆心地の病院。

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今も同じファミリーが開業されているようです。 

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被爆地蔵尊様にも出会いました。 

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被爆されたところは本当に滑らかな石肌でした。 

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元安橋から出ている世界遺産航路に乗り込みます。 

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原爆ドームにも別れを告げ・・・ 

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瀬戸内海に出ました。たくさんの島です。 

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船好きのけーは大喜びです。母の隣に座ったり、一緒にデッキに上がったことも良い思い出のようです。 

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もうすぐ宮島です。

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広島への旅1

丹後旅行から一日置いて、広島へ向かいました。私にとっても子供達にとっても初めての地です。行きたい気持ちと怖い気持ちがずっとあり、子供達にもっと日本について知ってほしいし、母が幼少の頃に住んでいた土地を一緒に訪ねるということで、こちらも去年から考えていた目的地でした。友人に勧められた九州新幹線でいざ!

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お弁当を食べたり、トランプゲームをしていると、あっという間に広島に着きます。疲れがまだ残っている子供達と相談し、今回は呉に行くのはやめてホテルでゆっくりすることにしました。クラブラウンジには大変お世話になりました。 

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水が好きな人たちはプールへ。 

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翌日は、広電という路面電車平和記念公園を訪ねました。 

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京都にも私が小学生のころまで路面電車が走っていたのでした。廃止される前に亡き父と市電で市内一周したこと、懐かしいです。ともあれ、この宮島口行に乗ります。 

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向こうから来る車体は新しい。 

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降車した駅ですれ違ったのは、かなり年季が入っている様子で、いろんな年代の車体があるのが好ましいです。 

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平和記念公園に入りました。

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英語の案内文がそこここにあるのがありがたい。 

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原爆ドーム(正式名称:広島平和記念碑)は、私の心の中でずっと大きい存在でした。調べるとドームの先端までの高さが約25メートルとのこと。1915年(大正4年)に当時の技術竣工したということは100年以上前の建築物なのです。むき出しの鉄柱や当時のままにされているばらばらに散らばっているレンガなどから、心に迫ってくるものがあります。二度と同じことを起こしてはならないという思いから、負の世界遺産と呼ばれているそう。 

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何度も記念式典の中継で見た原爆死没者慰霊碑(正式名称:広島平和都市記念碑)。実際に何人の方が亡くなったのは分からないまま…1945年暮れまでに約14万人の方が亡くなられたそうです。祈るばかりです。 

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広島平和記念資料館へ。本館は改修中なので東館に入りました。たくさんの人が押し合うようにゆっくりと進んでいきます。(小さい子供も含めて)ほぼ全員が、息をのむように展示物に見入っています。 

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地元の小学生や十代の子たちの他に海外からの来館者が目立つように思い、警備の方に母が伺うと半分くらいを占めるのでは、とのことでした。 

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新しい展示内容は以前に比べると直接的な表現は控えられていると聞いたことがあります。心を打たれたように展示に引き付けられています。 

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生を得ても後遺症や家族離散などに苦しんだ方々についての展示は、被爆した方々はあなたと同じ幸せな市民だったのですよ、と訴えかけてくるようでした。

アメリカでも有名な禎子さんの折鶴。力がなくなってきても針を使って小さな鶴を折っていた、その小ささ。 

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やっと訪ねることができました。 

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日本時間の6日朝に母からメールがありました。8時15分頃に私たちも黙祷いたしました。

丹後旅行3

充実の舞鶴デーから一夜明け、けーはSおじいちゃまと散歩へ。両祖父とも他界していない彼にとって、今回ご一緒させていただいたこと、かけがえのない時間になったことでしょう。

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今日は観光デー。まずは舟屋で有名な伊根に連れて行っていただきました。船に乗って伊根湾巡りをします。湾内をびっしりと埋め尽くす舟屋の多さにビックリしました。

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舟屋もすばらしいのですが、かもめの餌やりに大盛り上がりに人達もいます。出航前から、何袋も餌のかっぱえびせんを買っていました。 

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かもめに混じって最近はトンビもやってくるようになったとか。うまく共存しています。

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お次は日本三景の一つ天橋立へ。子供の頃の海水浴といえばここでした。天橋立ビューランドまでリフトで上がります。

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丹後国風土記」にはイザナギノミコトが天と地の逢瀬のため梯子を作って立てた「天の橋立」が、寝ている間に倒れ伏した、と記されているそう。

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お約束の股のぞき。

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こちら側から見る景色は飛龍観といい、対岸からの景色とは違うんですって。 

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子供達は遊園地でも楽しみました。降りるときは目前の天橋立が近づいてくるみたいで楽しい。 

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天橋立といえば、廻船橋も忘れてはいけませんし…

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「三人よったら文殊の知恵」の文殊堂。Sじいじにそれぞれお守りを買っていただきました。良き思い出です。お線香に四苦八苦しているところです↓ 。

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天橋立を右手に見ながら船で対岸に向かいます。風が気持ち良い! 

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若者は往路は自転車で。

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途中で石投げしたり、不思議な淡水の井戸に出会ったり。

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一年越しの願いが叶った2日間、充実した楽しい旅でした。企画し、連れて行ってくださったS叔父、Y叔母、ずっと運転をしてくださったSさん、本当にありがとうございました。親族の皆様方との出会いもとても嬉しいものでした。

丹後旅行2

LAに帰ってきて、ごみ分別のゆるさや自分が痩せている方だと勘違いしそうなほど大きい人の多さ、雨と歩く距離の少ないことから靴を選ぶのが簡単になったことにちょっとしたギャップを感じつつ、しつこく丹後旅行の続きです。

子供達から見ての曽祖父の里を訪ねた午前中から、午後は曾祖母の里を訪ねます。江戸末期に建てられた丹後地方の特徴ある木造建築として、重要文化財指定を受けているお家です。

https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/124594

ご当主はYoくんのお父様の従兄にあたる方。重要文化財指定を受ける前の歴史、その後の改築や維持のお話しなどにまつわる『古民家の風』というご本も興味深く拝読しました。

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 一足先に入ったすーはYoくんの妻と間違えられていました。確かに大人のサイズになってきています。 

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午前中訪ねたお家でも見かけた神道の軸が、私には目新しいものでした。講の名残もあります。刀掛けのある木製の雪隠も初めて目にするものでした。陰翳礼讃の世界。

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ちょっとわかりづらいですが、素晴らしい梁なのです。

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牛室と書いて「まや」と読むそうです。

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日本語と大人の世界に疲れて休憩している子達を尻目に、元気な人は虫よけスプレーを手にし、丘までお墓参りに。 

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中々の急坂でした。 

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まさに里山という風景。

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笹舟を楽しむには絶好の小川です。

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この後、けーと私でもう一回お墓参り。その後、すーを含んだ一行も訪れて、ご先祖様方は大忙しだったことでしょう。

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ごみ収集場所の頑丈なこと。獣よけの本気さが伝わってきます。

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防火水槽にはボウフラを食べるという金魚が飼われていました。忘れ去っていた生活の知恵です。 

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ご馳走になったスイカとケーキとお手製のリンゴのプリザーブも美味しかったです。温かくもてなしてくださり、ありがとうございました。

晩御飯は叔母とお刺身を分け分けしてビール!

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リゾートマンションで修学旅行の様な夜を過ごしました。けーは親戚の男性に囲まれることが滅多になく、それも嬉しかったようです。

田舎というべき場所がない私にとって、かなり新鮮な一日でした。

丹後旅行1

Yoくんのお父様方のお里を訪問する一泊の旅に、叔父家族に連れていただきました。去年は大雨特別警報で泣く泣く中止にしたものを一年越しに実現できました。

早朝ありがたいことに迎えに来てくださり、本家筋にあたる昭和元年生まれの男性を福井県高浜町の施設に訪ねます。

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第二次世界大戦中そして戦後の、例えば、引き上げ船が帰ってくるときは何年経っても皆総出で手を振って迎えていたなど、貴重なお話を伺いました。

 その方の奥様を訪ねるために京都府舞鶴市へ。結婚してからの本籍地に初めて足を踏みいれました(よく考えると結婚前の本籍地には一度も行ったことがなかったです)。 天気予報では雨でしたのに、晴れ間が見えてきました。 

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お一人でお住まいと思っていたら、軒先に三輪車や小さな自転車に迎えられてびっくり。何とお孫さん家族が近くに越してこられていたのでした。

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皆でお墓参りへ。

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見かけた不思議な看板に一瞬ぎょっとしますが、お嫁さんによると、高齢化して耳が遠くなってきている「村人」が増えているから、クラクションを鳴らしても聞こえないことがあるから「注意」してくださいの意とのこと。 

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可愛らしいお嫁さんは都会育ち。ご主人のUターンに伴い、所謂田舎に引っ越してこられたのち古民家を改装して、男の子三人を育てながら素敵に生活されておられます。その様子を漫画化したご本をいただきました。すーもとても気に入って、その後、日本語で書かれた本では未だかつてないほどの熟読ぶり。英訳して友達に紹介したいと言い出しているほどです。 

www.daiwashobo.co.jp

けーは小さいお子さんたちと一緒に走り回ったり、畑のキュウリやピーマンを採らせてもらったりしたことが、とても楽しかったようです。次に伺えることがあれば、一緒に魚釣りをしてみたいとか。

収穫させていただいたもの以外にも、沢山のお野菜を持たせてくださりありがとうございました。とっても美味しくいただきました!